職人技で新幹線の「顔」 板金成形、機械加工に対抗 【ものづくり拠点を行く】
2007年08月31日
一九六四年十月一日。東京駅九番ホームから歓声に包まれ新大阪へと出発した「ひかり1号」一番列車。当時の子どもたちが競って描いた流線形の「顔」は、山下工業所の工場から出荷された。
山口県の瀬戸内に面した下松市。日立製作所の車両製造部門、笠戸事業所周辺にはいくつもの協力会社の工場が連なる。一九六三年創業の山下工業所もそのひとつだ。
初代新幹線から今年七月に営業運転を開始した東海道・山陽新幹線のぞみ最新車両「N700系」まで、世界最高の車両製造技術の一端を支えてきたのは、意外にも「打ち出し板金」と呼ばれる職人技。熟練工がハンマー一本で金属板を成形し精巧なパーツに仕上げる。ハイテクニッポンの裏方ともいえる小さな工場を訪ねた。
応接室に、創業者の山下清登社長(72)が作った銅製の一輪挿しがあった。直径三十六センチの円形の銅版をハンマーでたたき徐々に曲面を成形。最後は胴がくびれた精巧な花瓶に仕上げる。本人は「手慰み」と笑うが、金型や溶接は一切ない。板金といえば自動車修理工場が思い浮かぶが、極めれば工芸の域に達する。
この腕が新幹線車両を製造する日立製作所の技術陣をうならせた。空気抵抗を極限まで抑える先頭車両の微妙な流線形。金型による加熱板金ではコストがかさむうえ精度に難があった。山下社長らはハンマーで金属板をひたすらたたき、発注先が求める理想のフォルムを作り上げてきた。
ひかり1号から四十年余。700系、台湾、中国向け新幹線、リニアモーターカー実験車両…。国村次郎工場長(63)は、先頭車両のすべての成形を手掛けてきた。その数三百三十車両。
最新のN700系で日立製作所は、先頭車両の外板をプレス型による機械加工に切り替えた。納期短縮に向けた動きだが、職人技は少量、多品種生産ではなお優位性を発揮する。「機械加工が進んでも仕事はまだある」と国村さん。N700系では、運転室の天井や計器類、パンタグラフのカバーなどを受注。運転士が技術を習得するシミュレーション用車両のパーツなども生産する。
日立製作所は、N700系に加え、英ロンドン近郊の通勤高速列車を受注。アジア、中東でのモノレール、二〇一〇年度に東京‐新青森間を開業予定の東北新幹線など高水準の需要が期待されている。同社も当面、繁忙が予想され、名人の引退は許されそうにない。
今年度、山下社長、国村工場長ら七人の技術者が、経産省の第二回「ものづくり日本大賞特別賞」を受賞。地道な手仕事に新たな勲章が加わった。
額に汗して黙々と作業に打ち込む職人。時折、扇風機で涼をとり一服する。今は一線を退いた山下社長が工場を回り、仕事ぶりを見守る。この工場には、昭和のにおいが残っている。(和歌山章彦山口支局長)
――――――――――――――――――――――――――――――
次世代へ技術継承が課題 山下竜登専務の話
日立製作所は世界各国で鉄道車両の受注に成功しており、当社も二〇一〇年までは高水準の仕事量を確保できる見通しだ。N700系では先頭車両の外板製造が機械化されたが、金型製造のコストは高い。「打ち出し板金」は精度、価格面で優れ、なお需要はある。
ただ、板金技術の習得には十年は要する。熟練工の平均年齢は五十四歳。次代への技術継承に向け、二十歳代の担い手を確保、育成することが課題だ。
- [ 出典 ]
- 日本経済新聞 中国版 2007年8月31日